プロフィール

歯科医師 山﨑雄矢

マイクロスコープデンティスト/インプラント専修医/アローズデンタルオフィス院長


経歴
  • 平成22年 鶴見大学 歯学部 卒業
  • 鶴見大学附属研修終了
  • 茅ヶ崎市 稲川歯科医院勤務 勤務
  • 横浜市 吉野歯科診療所勤務 歯周病インプラントセンター 勤務
  • 横浜市 おいかわ歯科クリニック インプラントセンター  勤務
  • 港区白金台 Arrows Dental Office 開業 
  • 現在に至る 
所属学会
  • 日本顕微鏡歯科学会
  • 日本口腔インプラント学会(インプラント専修医)
  • 日本臨床歯周病学会
Study Group
  • 日本歯科先端技術研究所
  • Society of Clinical Micro Dentistry
  • Esthetic Explorers
  • 3Y

歯科医師としての目標
  • 医療従事者でチーム医療を実施し、患者さんに対して正直な治療に取り組むこと

私の生い立ち

私は、神奈川県藤沢市で父、母、姉二人の家族のもとに産まれました。父は非常に厳しく、幼少期にはよく怒られていました。それに対して母は優しく、父に怒られた私をよくフォローしてくれたという記憶があります。
姉二人と同じ敷地内に住んでいた従姉妹も三姉妹と女性の多い環境で育ったせいか、兄という存在に憧れが強く歳の近い叔父によく遊んでもらっていました。その叔父が、歯科医師だったこともあり小学校6年生の頃には歯科医師に対する憧れが強くなっていきました。

中学生に入ると小学校からやっていたバスケットボールに夢中になり、高校進学の時には歯科医師という夢が、バスケットボール選手という夢にすっかり変わってしまっていました。バスケットボール部の推薦で進学することを希望しましたが、親に歯科医師の夢は「そんなもんだったのか」と言われ喧嘩になったことを昨日の事の様に覚えています。色々考えた末、中学校のチームメイトと同じ高校に行くことにしました。もちろん自分で選んだ道だったので納得はしていますが、チャレンジしなかったことに後悔したことが教訓となり、何か人生の選択で迷った時には楽な道より、険しい道を選ぼうと思う様になりました。

高校卒業後、無事に歯科大学に進学し6年間の大学生活が始まりました。歯科大学の仕組みなど全く知識のない私にとってはカルチャーショックの連続でした。同級生のほとんどの親が歯科関係者だったことなど、今思えば計画性も全くなく漠然と歯科医師になりたいと思っていた私のリサーチ不足でした。
大学に入った後もクラブチームでバスケットを続け、チームのメンバーからバスケットボールのことを理論的に指導してもらい、初めてグローバルスタンダードという言葉を知りました。どの業界でも世界基準というものを学ばなくてはいけないという経験をさせてもらったことが、現在の歯科医師人生に大きく影響しています。
大学を卒業後、同大学にて1年の研修を終え、各分野を学び、その中で実体顕微鏡(マイクロスコープ)に出会いました。今では私の治療にはなくてはならない物になっています。私が尊敬している吉野敏明先生に教えていただいた「逃げない、ぶれない、言い訳をしない」という言葉が、現在、私の医療に対する倫理観になっています。
私生活では研修医時代に結婚しました。当時は結婚が早すぎるかなと悩みましたが、妻が私のことを助けてくれたおかげで仕事に打ち込むことができ、現在があると思っています。3人の子供達には父親として色々と教えていく立場ですが、逆に子供達から学ばせてもらう事の方が多い気がしています。私が、休日もなかなか家にいれない中、妻は3人の子供を育ててくれており、心から尊敬し、感謝しております。恵まれた環境のなかで、歯科医という仕事に没頭し、自らの目標に向かって邁進できることに日々感謝し、歯科医療を通じて、社会へと貢献できればと強く思っております。